トレードの合間に聴いた落語を一日一席ずつ紹介していきます。

三遊亭圓楽(五代目)  浜野矩随

浜野矩随(はまののりゆき)

11.10.29●浜野矩随のおやじ矩安(のりやす)は、刀剣の付属用品を彫刻する「腰元彫り」の名人だった。おやじの死後、矩随も腰元彫りを生業としているが、てんでへたくそ。芝神明前の袋物屋・若狭屋新兵衛がいつもお義理に二朱で買い取ってくれているだけだ。

八丁堀の裏長屋での母子暮らしも次第に苦しくなってきたあるとき、矩随が小柄に猪を彫って持っていった。新兵衛は「こいつは豚だ」と言い、「どうして、こうまずいんだ。今まで買っていたのは、おまえがおっかさんに優しくする、その孝行の二字を買ってたんだ」となじり、挙げ句の果ては「死んじまえ」と。

帰った矩随は、母親に「あの世に行って、おとっつぁんにわびとうございます」と首をくくろうとする。「先立つ前に、形見にあたしの信仰している観音さまを丸彫り五寸のお身丈で彫っておくれ」と母。

水垢離(みずごり)の後、七日七晩のまず食わず、裏の細工場で励む矩随。観音経をあげる母。

やがて、完成の朝。母は「若狭屋のだんなに見ておもらい。値段を聞かれたら『五十両、一文かけても売れません』と言いなさい」と告げ、矩随に碗の水を半分のませ、残りは自らのんで見送った。

観音像を見た新兵衛、おやじ矩安の作品がまだあったものと勘違いして大喜びしたが、足の裏を見て「なんだっておみ足の裏に『矩随』なんて刻んだんだ。せっかく五十両のものが、二朱になっちゃうじゃねえか」

矩随が母への形見に自分が彫った顛末(てんまつ)を語ると、新兵衛「えっ、水を半分? おっかさんはことによったらおまえさんの代わりに梁(はり)にぶらさがっちゃいねえか」

矩随は慌てて駕籠(かご)でわが家に戻ったが、母はすでにこときれていた。

これを機会に矩随は開眼、名工としての道を歩む。

 (http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2005/08/post_3952.html より転載)

 

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原作では母親は死なないのだが、圓楽の演出では自害を遂げる。強烈な印象が残るやり方だが、いささか可哀相に過ぎると、圓楽になぜかと聞いたことがある。「独演会で回っていて、名古屋のほうだったか、乗って演じているうちについ殺してしまったら、これが大受けしてねえ。以来死ぬ演出にしてしまったんだよ」という。落語が、演劇のように台詞を覚えて演じる芸ではないという証である。その時の状況で言葉が変わる。新しい演出も思いがけずに生まれたりするものなのだ。滔滔とした口調で「寛政の年度に・・・」と始まり、下げを付けずに「怠らず・・・」の一首を引いて「浜野の一席でございます」と格調高く終わる。子供の頃聞き込んだ講釈の手法を入れた、圓楽ならではの世界である。<解説 中村真規>

(https://www.dplats.jp/kura/asp/itemdetail/rakugo-dl-00287/ より転載)

 

落語の舞台を歩く

落語あらすじ事典 千字寄席

 

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