トレードの合間に聴いた落語を一日一席ずつ紹介していきます。

古今亭志ん朝(三代目)  寝床


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寝床(ねどこ)
●旦那が趣味の義太夫を語る会の準備を始めた。飲める人には酒と肴を、飲めない人にはお茶と羊羹を揃えて、座席の用意をさせる。
さて当日になって、何人集まるか番頭に聞くと、やれ無尽だお産だと誰も来ない。すっかり臍を曲げた旦那は「もう義太夫は語らない、その代わり長屋の住人は店を空けろ、店の者には暇を出すからみんな出て行け」と。
 こりゃ困ったと知恵者が音頭を取って、旦那をなだめにかかる。「どうしても旦那さんの語りを聞きたい」とおだてられ、最初は渋っていた旦那が機嫌を直して会が始まった。
 しばらくしたら客は次々と寝てしまった。これに気が付いた旦那は怒り出したが、小僧の定吉が一人だけ泣いている。
「おお、お前さんは義太夫が分かるんだね、どこが悲しかった、馬方三吉子別れかね」 
「そんなとこじゃねぇ、あそこだ」「あそこは、私が義太夫を語った床じゃないか」
「わたくしの、あそこが寝床でござんす」
(http://mengjian.blog104.fc2.com/blog-entry-52.html より転載)

志ん朝も若いころは文楽型で演じていたようだが、この独演会では父志ん生の演出を踏襲していた。
文楽が描く旦那(家主)が下手な義太夫が好きなだけが欠点の好人物に描かれているのに対し、志ん朝のそれは「はた迷惑」で、時には「理不尽」とも思える人物として描かれている。
文楽にはない、お内儀が子どもを連れて実家に避難し、女中がそれにすがるように付いて行ったというエピソードを加えているのもそのためだろう。
そうした難しい理屈を抜きにして、終始会場は爆笑に包まれていた。
そして最後にいなくなった番頭は「共産党に入っちゃった」としていた。
志ん生の「ドイツ」は何かシュールな感じがあるが、現実味を増す意味で共産党が選ばれたのだろう。
それもソ連崩壊前の二大陣営時代が終りを告げていた時期なので、ある種の時代錯誤をも物語っていると思われ、志ん朝のセンスを示すものだ。
(http://home-9.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/192-96ea.htmlより転載)

寝床(古今亭志ん朝3)
旦那の気分の変化の描写が素晴らしく、次第に起こっていく姿に笑みがこぼれる。まことに温厚な感じから、次第にわがままになっていく。その原因になっている茂蔵との会話がまことに面白くなる。旦那がかんかんに怒って、店立てだと言い出した後の店子の話、お店の番頭が旦那の義太夫に我慢ができず蔵に逃げ込み、旦那が蔵の窓から義太夫を語り込み、七転八倒の苦しみ「そのあくる日だよ、書置きを書いて夜逃げしたのは。それがもとであの人は共産党に入った」「冗談じゃない」・・寝床でございました。ありがとうございました。途中で下がっている。志ん生師のスタイルだ。ちゃんと引き継いでいる。面白かった。
(http://yunomi.seesaa.net/article/297601143.htmlより転載)

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