トレードの合間に聴いた落語を一日一席ずつ紹介していきます。

立川談志  権兵衛狸


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権兵衛狸(ごんべいだぬき)
●王子の在に権兵衛さんという独り者が住んでいた。近所の若者が権兵衛さん家に集まって楽しんでいた。ある晩みんなが帰って戸締まりをして寝ると、表の戸をドンドンと叩き「権兵衛、権兵衛」と呼ぶ声が聞こえた。表に出てみたが誰もいなかった。また横になると、表の戸をドンドンと叩き「権兵衛、権兵衛」と呼ぶ声が聞こえた。表に出ると誰もいない。何回か同じ事が繰り返された。権兵衛さん考えた。これは狸の悪さでないかと。そこで、戸を閉めて、戻った振りをして戸に手を掛けて待っていた。狸は後ろ向きになって、頭の後ろでドンドンと叩いていた。「権兵衛、権兵衛」と言うが早いか引き戸をガラッと開けると、狸はもんどり打って土間に転がり込んできた。格闘の末、生け捕って、天井から吊しておいた。
 翌朝、友達が訪ねてきてこの狸を見つけた。「わしも、先日土橋を渡ろうとすると、お婆さんが川に転げ落ちた。寒かったが飛び込んでやっと助け上げた。橋に上げて『婆~さまよ~。しっかりしろよ~』と声を掛けて、よく見ると炭俵だった。それはこの狸がやったのだ。皮を剥いで狸汁にして、革は襟巻きにするから俺にくれ」。「それはだめだ。今日はとっつぁまの命日だから、逃がしてヤルだ」。
 狸を梁から降ろして、「何でお前はそんなに悪さをするのだ。だから狸汁にして食ってしまおうと言われるのだ。悪さをしない狸だっているのに、お前が悪さをするのでみんな悪狸になってしまうのだ。今日は逃がしてやるが、背中の毛を刈り取ってやる。夜風に吹かれて寒い思いをしたら思い出して悪さをするな」。権兵衛さんハサミで背中の毛を刈り取った。頭も伸びていたので刈ってやって、逃がした。
 これで、今晩はゆっくり寝られるだろうと思っていた。枕に着いてトロトロっとすると、表の戸をドンドンと叩き「権兵衛さん、権兵衛さん」と呼ぶ声が聞こえた。「また来やがったか、昨夜は権兵衛だったが、今晩は権兵衛さんと”さん”付けで呼んでいやがら」。権兵衛さんハサミを持ってそーっと戸に近づき、ドンドンと叩いた拍子に戸を開けると、狸が飛び込んできた。
 「さっきは背中と頭を刈ってやったのに、まだ分からないか。」
 「すいません。今度はヒゲをやってくださいな」。
(http://ginjo.fc2web.com/145gonbeidanuki/gonbei_danuki.htm より転載)

大看板が好んで競演
あまり面白い噺とも(個人的に)思えませんが、明治の昔には四代目橘家円喬、初代三遊亭円左、四代目橘家円蔵など、円朝門下の錚々たる名人連が手掛けました。
昭和以後も、円蔵直伝の六代目円生ほか、五代目志ん生、八代目正蔵、三代目金馬から、テレビで「絵の出るレーザー落語」として演じたことがある現立川談志にいたるまで、名だたる大看板はほとんどレパートリーに入れています。
(http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2004/11/post_26.html より転載)

◆立川談志「権兵衛狸」(衛星劇場『衛星落語招待席』三回忌追善 立川談志特集)。
国立演芸場、平成4(1992)年8月12日(「ひとり会」)。
家元五十六歳。芸歴的には絶好調のころだったろうか。また、このころから落語の理を語り出したときでもあるかもしれない。だから、ネタによっては、展開をぶつぶつ切っていろいろな蘊蓄が挿入される。この「権兵衛狸」もそう。
権兵衛を訪ねてきた狸がどこで家の扉をノックしたかなど。また、狸が権兵衛を呼ぶときの「権兵衛さん」の口調が、従来の型が「ごんべさーん」だったものを、低い調子で「ごんべさん」にかえたのは、中東を旅行したときに、空港で「ドバイ、ボンベイ」と言っていたのを参考にしたなどといった、裏話も思うぞんぶん語っている。
また、どぶろくは英語でマウンテンデューということも言っているが、はて、両者は同じものだろうか。まあ、いいか。
(http://yaplog.jp/chilurin0223/archive/8255 より転載)

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